現場レポートをお届けする前に、まず日本食レストランが深くかかわるASEANの現状を申し上げよう。
ASEANは「陸のASEAN」のタイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、ミャンマーのメコン経済圏諸国5か国、それに「海のASEAN」と言われるインドネシア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、ブルネイという海に面した5か国を合わせた合計10か国による広範な地域共同体のことだ。
1967年スタート当初は、タイ、フィリピン、マレーシアなど5か国による反共産主義同盟の色彩を持つものだった。しかし現在はベトナム、カンボジアなど社会主義政権の国も加わり、経済成長実現をめざして連携スクラムを組む共同体に大きく変身している。親日的な国が多いことが、日本にとってはフォローの風でビジネスチャンスも増える。
ASEANは、欧米諸国が2008年の米リーマン・ショックによって金融危機で経済停滞に陥った際、1997年のアジア金融危機のような大ダメージを経験することがなかった。それどころか中国とともに、大きな影響を受けることなく、経済が活性化した。このため、世界の「成長センター」はアジアに移ったのでないか、と言われたほどだ。
現にアジア開発銀行調査でもASEANは平均して年率6%の経済成長で推移している。
そのASEANが2015年12月から新たに地域経済統合に踏み出す。各国間で関税率を撤廃し、税関業務をスムーズにするなど「経済国境」のカベを取り外すことで、ヒト、モノ、カネの往来を自由にして加盟10か国の6億人の消費人口を包含する巨大な経済圏をつくりあげようとしている。もちろん、一気にバラ色で推移するとはとても思えないが、地域経済統合がプラスに働けば、世界の「成長センター」化も決して夢ではない。
ところが2014年中盤になって、ASEANで経済的に最も安定し「中進国」に入っていたタイで、政治不安による軍事クーデターが起きる異常事態となった。他方で、中国が経済力、軍事力を背景に強大国を誇示して、南シナ海での領有権を主張してベトナムやフィリピンと対立、このためASEANが中国に反発姿勢を強めるなど、地域の安全保障問題に発展しかねない不安定な情勢となっている。
これらの不安定要素がASEAN経済にどういった影響を及ぼすかは、極めて気がかりな点であることは間違いない。しかし現時点では、ASEANは経済成長実現を最優先課題にし、2015年の地域経済統合に向けて、着実に動き出している。とくに中国との南シナ海での領有権をめぐる問題に関しては、ASEAN首脳会議が結束して緊急声明を出したが、親中国と見られたカンボジア、ラオスなどの国々も同調したのがこれまでになかった点で、ASEANは大きく変わったな、という印象を受ける。
さて、ここからは、本題の日本食レストランがASEANの現場でどういった活躍ぶりかをレポートしよう。 とっかかりとして、ベトナムのホーチーミン市(旧サイゴン市)の話から申し上げよう。地元のベトナム料理が圧倒的な比重を見せるホーチーミン市で、日本食がちょっとしたブーム、と聞いたので、日本食レストランがずらりと軒を連ねる地元で有名な地区に行った。いや、驚いた。「寿司」「日本ラーメン」「焼き鳥」などの専門店が数多く並んでいる。
日本食レストランの集中効果なのか、どの店もベトナム人の若い男女が数多く入っていて日本食を楽しそうに味わっていた。日本人の姿を見つけるのに苦労するほどで、日本食レストランがベトナムに定着しているな、という印象を受けたメニューにある値段を見ても、ベトナムの物価事情から言って、決して安くないものが多い。にもかかわらず、ベトナム人の客の入りは悪くないのだ。
ベトナム人のあるお客に「日本食のどこが気に入っているか」と聞いたところ、値段は高いが、日本食の味のよさ、それに安全・安心であること、清潔な雰囲気であることを指摘していた。言葉どおりに受け止めれば、ベトナム料理にない味のよさ、安全・安心など品質に対する信頼などの評価をもとに、豊かさを味わおうという動きなのだ、と感じた。
その日本食レストラン街で、もっと驚いたのは、日本人の益子陽介さん経営の「ピザフォーピース」(Pizza 4P`s)というピザ料理店の存在だ。日本食レストラン街の裏通りの奥まった場所にある店だが、予約制で、ほぼ満員だった。
日本食でもないピザの店なのに、中間所得層と思えるベトナム人らがかなりいた。運悪く益子さんに会えなかったが、評判を聞いて納得した。ベトナム人のお客は「ナポリピザがベースだが、日本人オーナーがベトナム人の好む味を徹底研究する現地化で独自ピザをつくっている。味がいいので、口コミで人気が広がった」というのだ。この店にはベトナム人以外に欧米人の姿も目立った。
この日本食人気はホーチーミン市だけの現象ではない。私が歩いたタイのバンコク、カンボジアのプノンペン、ミャンマーのヤンゴンでも同じだった。このうち劇的な変化を遂げ続けるバンコクを最後にして、先にプノンペン、ヤンゴンの状況を申し上げよう。
プノンペンは、カンボジア経済の成長テンポがタイなどに比べて高くないため、都市化が急ピッチというほどではないが、それでも周辺の農村地域からの人口流入が活発化し、中心部の商店街などの人の動き、交通混雑はめまぐるしいほどだ。プノンペンの至る所で新しいビルの建設が進み、街の顔がどんどん変わりつつある、という話を現地で聞いた。 厚生労働省の官僚生活に見切りをつけてプノンペンで企業向け人材あっせんビジネスを起業した鳴海貴紀さんは「経済に勢いが出てきた。中間所得層が増えて、都市部での新たなライフスタイル願望が高まり、それに見合って、食生活ニーズもすごく多様化している。
日本食レストランも当然ながら、その新ライフスタイル願望の対象の1つで、それに合わせて急速に増えている」と述べている。
プノンペン市内で、新しいタイプの日本食レストランがオープンし、カンボジア人のサラリーマンなど中間所得層に人気がある、という話を聞いたので、さっそく見学を兼ねて、その話題の店「HANAMI」に行ってみた。
そこはビュッフェスタイルで、さまざまな和食を食べさせる店だが、ランチタイムはお客の90%がカンボジア人の若い層で、私が平日の昼間に入った時は、テーブル席がほぼ満員だった。カンボジア人の中にはナイフ、フォークで食べる人もいたが、かなりの人たちが巧みに箸を使いながら、食事を楽しんでいた。日本人の調理人がカンボジア人の調理人スタッフを指導して、数多くの種類の日本食メニューをこなしている、という。
日本食レストランに携わる外食関係者は「プノンペン市内では日本食がブームになっており、最近は中心部で新規出店する日本食レストランが急速に増えている。中にはタイ資本の外食レストランが日本食ブームに乗って、日本食レストランの看板で出店するケースもある」と述べている。
プノンペン市内で居酒屋スタイルの焼き鳥料理店「時代屋」を経営する井上雅晶さんは「店をオープンさせて8カ月になる。率直に言って、勢いのあるタイなど他のASEAN諸国に比べて、カンボジアは、まだ人口が少なく、経営環境がすごく恵まれているというわけではない。ただ、カンボジアで日本食レストランを経営するコツがわかってきたので、ビジネスチャンスは間違いなく増えると思う」と述べている。
日本風の焼き鳥料理がカンボジア人の間でも評価され、人気が着実に上がっている、というからうれしい話だ。
その一方で、プノンペン市内で最近、オープンした寿司バーの日本寿司店は人気店の1つになっているが、ある日本人関係者は「確かに味がおいしい。ただ、食材の魚は日本から空輸しているそうで、味や鮮度がいい分、値段が高いので、日本人駐在員以外に、カンボジア人の富裕層狙いなのだろう。ただ、富裕層といっても中間所得層に比べて、層に厚みがないだけに、経営的に大丈夫なのかな、と言う感じがある」と述べている。
ASEANで勢いづく日本食レストラン
寄稿者:牧野 義司 氏(経済ジャーナリスト、メディアオフィス「時代刺激人」代表)