香港等外食事業者日本研修(10/13-17)

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香港等の中国料理関係者が日本食材調達ツアー

高評価の半面、放射能検査証明へのこだわりや輸出物流への注文も


香港などの中国料理レストラン経営者や料理長に、ぜひ日本産の食材にチャレンジしてもらいたい。味のよさだけでなく、安全かつ安心という品質面での強みがある日本産の生鮮食品・加工食品を日本から直接調達し、中国料理に積極的に活用してもらえれば、日本食文化をアピールする一段のチャンスになる。それどころか、日本の農業や食品加工現場にとってもビジネスチャンスが増えて、日本自身が元気になることも期待できる。

そのためにはまず、中国料理関係者に、日本のコメ生産や畜産、さらに水産加工などの現場を見てもらうことが大事だ。同時に、日本の農業者や加工企業関係者にとっても、中国料理のレストラン経営者らとの直接対話を通じて、そのニーズを探ることができるだけでなく、互いのマッチング(商談)に発展する可能性もある―――。

関心度高く 14 人参加、受け入れの山形・宮城・千葉 3 県現場も積極対応


今回の日本研修の企画にあたり、特定非営利活動法人(NPO)日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)はJRO香港支部と連携して中国料理関係者に働きかけたところ、意外にも日本の生産現場視察ニーズの強いことがわかった。

そこで、プロジェクトは一気に具体化し、2014年10月に「中国料理関係者の日本産食材調達のビジネスツアー」という形で始動した。そればかりでない。参加希望者を募ったところ、香港を中心に中国料理レストラン経営者や料理長、そして日本産食材バイヤーの食品卸売企業の関係者合わせて14人にのぼり、本格的なものになった。

このため、JROは、視察先を山形県、宮城県、千葉県3県の農業生産や食品加工の現場にしぼると同時に、各県の農業法人協会関係者との間でメニュー提案会を通じた商談会、さらに自治体や生産者らの農産物輸出協議会関係者も参加して意見交換する交流会なども計画に盛り込んだ。

4 泊 5 日ハードスケジュール下で稲作・畜産生産や水産加工の現場視察


視察スケジュールは密度の濃いものになった。具体的には、一行は10月13日に香港から空路で羽田空港に到着した。東京で1泊のあと、直ちに翌日14日に山形県庄内空港に飛び、鶴岡市内で(株)まいすたぁ、(有)ドリームズファーム(米パック工場)、果樹生産のいずみ農産などを訪問し現場視察した。14日夜に宿泊先のホテルで、山形県農業法人協会の企業関係者との懇談会を開催、食品を試食すると同時に商談も行った。懇談会には山形県農業法人協会の斉藤一志会長も参加した。

翌日15日に高速バスで宮城県入りした。午後に東日本大震災の復興現場の石巻市を訪れ市内の山田水産株式会社、さらに隣接する塩竈市の株式会社明豊の2社で、サンマのかば焼きなど水産加工品の現場を視察した。15日夜は仙台市の宿泊先ホテルで宮城県輸出協議会のメンバー企業や宮城県農業法人協会の企業合わせて8社との懇談会を行うと同時に、各社の加工品の試食・商談を行った。懇談会には日本農業法人協会副会長の伊豆沼農産社長の伊藤秀雄氏、それに行政側から宮城県農林水産部長の吉田祐幸氏も加わった。

このあと16日午前に新幹線で東京に戻り、そのまま高速バスで千葉県成田市の成田ゆめ牧場、香取郡多古町のフルヤ乳業株式会社の成田工場を視察した。16日夜は成田市内のホテルで千葉県食材・食品商談会との懇談会が行われ、地元産食品の試食や商談が行われた。会合にはJRO理事で、日本政策金融公庫千葉統合支店長の紺野和成氏が参加した。

翌日17日の最終日に、一行はバスで千葉市内のJA千葉みらい農産物直売所「しょいかーご」、続いて(株)食研本社に併設されているとんかつ冷凍食品工場、山武市の(株)たけやまの稲作現場などを視察し、そのまま成田空港から香港に帰着する、という4泊5日のあわただしい日程だった。

日本産食材メニュー開発に意欲的なプロフェッショナルの参加も目立つ


興味深いのは、今回のツアーに参加した中国料理レストランの経営者、料理長の中にはすでにどの調理現場でも、日本産の食材を前菜などに盛り込んだ独自のメニュー開発に取り組んでおり、今回の現場視察でも「目線」が高く、新たなメニュー開発に活用できる日本食材はないか、といった形でビジネスに結び付けて動き回る関心度の高い人たちが比較的多かったことだ。

日本産食材バイヤーの卸売企業関係者も同じだった。日ごろから中国料理レストラン関係者向けに質の高い日本産食材を開拓して、日本から香港などに輸送するビジネスにかかわる人たちが多く、中には現地法人を立ち上げてビジネス展開している日本人関係者もいた。「いつもは、東京築地市場などでしか、日本産食材を見る機会がない。このチャンスを生かして生産現場を視察し、新たな食材探しをしたかった」と述べるバイヤー関係者も目についた。

言ってみれば、今回のツアーは、日本産食材の調達、あるいは料理活用に強い関心を持っている人たちが生産現場で直接、日本産食材に触れてみたい、という「プロフェッショナルたちのツアー」と言っていいものだった。

「香港富裕層は健康に関心、日本産食材の安全品質はプラス」


そこで、日本産食材の調達をめざした今回の視察ツアーチームが、どんな受け止め方でいたかという点に大いに関心が集まる。その点について、結論から先に申し上げよう。

日本産食材の品質のよさ、味のよさを評価し、加工品を中心に輸入調達しているバイヤーの食品卸企業、日美食品貿易有限公司の General Manager 、羅慶生( Kei Suke Lo )氏の発言がポイントを突いている。

「中国や香港の人間、とくに富裕層は今、健康に強い関心を持ち始めている。品質面で安全かつおいしいものを食べたいという気持ちが強い。その点で日本産のさまざまな食材は、厳しい品質管理の上で生産されているため、評価が高い。日本産の食品ならば価格を二の次にして、買いたいというニーズもある。香港やマカオの富裕層に厚みがあるとはまだ言えないが、人口の高齢化に対応して健康重視ニーズがあることは、日本の生産者にとってはプラスなのでないか」と。

「中国や香港の人間、とくに富裕層は今、健康に強い関心を持ち始めている。品質面で安全かつおいしいものを食べたいという気持ちが強い。その点で日本産のさまざまな食材は、厳しい品質管理の上で生産されているため、評価が高い。日本産の食品ならば価格を二の次にして、買いたいというニーズもある。香港やマカオの富裕層に厚みがあるとはまだ言えないが、人口の高齢化に対応して健康重視ニーズがあることは、日本の生産者にとってはプラスなのでないか」と。

「中国料理も今や人口の高齢化対応が重要に」発言は日本側にヒント


別の中国料理レストラン経営者も「中国国内やアジアから、野菜など生鮮食品を仕入れるが、生産量を確保するために農薬使用を増やしていたりするリスクが最近、心配になり始めている。そういった点で、今回の日本ツアーでコメや野菜の生産現場を見てみて、低農薬使用など、安全や安心確保の観点から品質にこだわる点が素晴らしい、と思った」と述べている。

日本と同様、人口の高齢化が進む中国の消費者に対応するには健康重視の中国料理をポイントに置くべきだ、という意識が急速に高まっていることが浮かび上がったように見える。裏返せば、日本産の食材に対する中国料理関係者のニーズは、日本の生産現場が強みにする食の安全・安心部分にあることがわかったのは、日本の農業生産者や畜産、水産加工企業関係者にとっては、大きなヒントになった可能性もある。

「日本政府と香港政庁交渉で輸入制限解除になればすぐ輸入再開する」


ところが、今回のツアーチームの人たちの言動、関心事から、日本側にとって、いくつかの課題も浮き彫りになった。

その1つが、東日本大震災に連動して起きた東京電力福島第1原発事故に伴う放射能汚染のリスクに関して、日本側はどういった「安全の証明」を確保してくれるのか、という点に対するこだわりだった。

ツアーチームの代表の1人、香港でレストラン展開する Satay King 会長の鄭捷明( Chen Chit Ming )氏は10月15日夜の「食材王国みやぎのメニュー提案会」のあいさつで、「2011年3月の東日本大震災から4年近くが経過した宮城県石巻市で水産物の加工工場を見学させていただいた。たくましい復興ぶりに深い感銘を受けると同時に、さまざまな食材が新鮮で、豊富にあることにも驚いた。貴重な視察ツアーだった。私たち香港の中国料理レストラン関係者も日本の食材には強い関心を持っており、交流が深まることを望みたい」と述べた。

公的機関の放射能検査「安全の証明」ほしい、との要求にどう応えるか


ところがそのあとの懇談の場で、鄭捷明氏は日本側関係者にこう述べたのが印象的だ。

「日本産の食材の品質の良さなどは間違いなく評価できる。ただ、香港は今、宮城県や福島県、千葉県など5つの県からの生鮮食材に関して、放射能汚染懸念から、やむなく輸入制限している。もし日本政府と香港政庁の間での交渉で、安全性が確認され輸入制限解除になれば、われわれはいち早く輸入に踏み切るだろう。その点で日本政府の努力が重要だが、当面、日本政府や県当局が放射能の安全に問題ないことを示す検査証明書を発行してくれることが重要だ」と。

つまり、今回の中国料理関係者の日本産食材調達ツアーチーム一行が訪問した3県のうち、宮城、千葉の2県が東日本大震災と連動する形で起きた東電福島第1原発事故の放射能汚染に対する警戒感から、中国、香港、マカオからは生鮮食品の輸入制限対象になっているため、せっかくの味のいい生鮮食材を輸入したくてもできないことを残念がっているのだ。

宮城県産などの加工食品に関しては、輸入制限対象外のため、輸入は可能なのだが、それでも、今回の宮城県の視察ではツアーチーム一行から、この加工食品に関して、放射能検査の証明書、とくに日本政府や宮城県当局、自治体当局の「問題なし」という証明書が出せないのか、という質問が相次いだ。

台湾当局が対日生鮮食品輸入に放射能検査証明の義務付け報道も


これに対して、宮城県石巻市の山田水産の関係者は現場説明の中で「われわれ民間企業は外部の専門機関に放射能チェックの検査を委ね、安全確認を行っている。その証明書はいくらでも出せる。しかし宮城県の場合、国や自治体は抜き打ち検査でチェックしたり、モニタリング・チェックで行政責任を果たすだけなので、民間の専門機関調査を信じてもらうしかない」という回答だった。しかし香港のレストラン経営者らは納得せず、「国や公的機関の証明書がないと、香港では『安全の証明』にはならない。この点に踏み込んだ対応をしてくれないと、加工品といえども輸入が難しい、ということになりかねない」と固執する場面もあった。国や県などの当局が、こういった現場の動きをどう受け止めて、対応姿勢を変えるかがポイントになった、ともいえる。

そんな折、台湾メディアは、台湾の食品薬物管理署が最近、日本から輸入する生鮮食品や乳幼児食品、ミネラルウオーターなどの一部食品について、日本政府の放射能検査の証明書の添付を義務付ける、との草案を公告した。今後60日間で意見を募集し、2015年から実施する可能性がある、と報じた。

鄭捷明氏ら今回の日本産食材調達ツアーの関係者の話を聞く限り、日本側の農業関係者や水産加工企業関係者としても、放射能検査証明書の発行そのものにとどまらず、日本政府と香港政庁との間で香港などの対日生鮮食料品の輸入規制解除をめぐる交渉そのものを急いでほしい、と思わず声高に言いたくなるような状況だ。

成田空港から香港への生鮮食品輸出スムーズでないことへの不満目立つ


香港などの日本産食材ツアーチームが今回、日本側に投げかけた問題で課題となった2つめの点は、成田国際空港からの香港などへの輸出物流の問題だった。10月16日、17日の千葉県内の農業生産現場などを視察した香港やマカオの日本産食材のバイヤー、さらにレストラン経営者らは異口同音に、成田空港から香港への生鮮食品の輸出物流をなぜもっとスムーズにできないのか、と不満意見が相次いだ点だ。

今回のツアーのうち、千葉県内でのツアーチームの視察に現地参加したJRO理事で、日本産農産物などの輸出ビジネスにかかわってきた日本政策金融公庫千葉統合支店長の紺野和成氏はこう述べている。

「香港などのレストラン経営者や日本産食材のバイヤーの人たちの指摘は、『成田空港周辺の農地で、これほど新鮮で品質安全な野菜が豊富に生産されるのは極めて魅力的だ。毎朝、千葉の畑で採取した野菜をその日の夕方に香港のレストランや消費者の食卓に届くような輸出向けの通関、検疫、物流のシステムがなぜ、出来ていないのか。われわれレストランなどの業務用需要のニーズが高いのに、そのことに対応できていないのはおかしな話だ』という鋭いものだった」

紺野氏「成田空港の検疫や通関だけでなく物流システムに課題」と指摘


「千葉県は、北海道に次ぐ規模の農業生産県で、東京などの大消費地向け出荷と同時に、成田空港、横浜港に近い立地条件を活用して輸出期待が大きいのだが、こと輸出物流に関してはネックがあり、今回のツアーチームの問題指摘にも十分に対応できていない現実があるのは残念だ」と。

紺野氏によると、成田空港での検疫や通関に時間がかかる、と言う問題に加えて、農作業現場の畑から成田空港までの配送時間、空港に隣接する施設内での集出荷、選別仕分けや梱包などを行う物流システムが十分でないこと、さらに決定的なことは、空港騒音対策の関係で、飛行機の利発着が毎日午前6時から午後11時までに制限されていることなどの課題をどう克服するかが問題だ。もし、午後11時以降に出発の香港便が仕立て上げられれば、香港に未明の午前4時前後に到着し、早ければ昼には香港のスーパーマーケットやショッピングセンターの店頭に日本産食材の陳列が可能になる、という。

「 JRO はネット時代に SNS 活用でもっと日本産食材メニューのアピールを」


以上が、今回の香港等の中国料理レストラン経営者や料理長、さらに日本産食材のバイヤーの卸売企業関係者のツアー現場での問題提起や日本側が克服すべき課題などだが、最後に、バイヤーの卸売企業関係者のJROへの注文も述べておこう。

日美食品貿易有限公司の General Manager 、羅慶生氏は「今回のツアーを企画していただいたJROには率直に言って感謝している。日ごろ、日本産の食材を香港やマカオの中国料理レストランなどにつなぐため、バイヤーとしてのビジネスにかかわっているが、意外に農業の生産現場には行くチャンスがない。その意味で、今回のツアーはよかった。今後も別の農業生産現場を見る機会をつくってほしい。それと、JROは、今のようなインターネットの時代に、 SNS (ソーシャル・ネットワーク・サービス)のさまざまなツールを活用して、日本産食材を使ったメニューを紹介すればいい。日本産食材がもっと身近になって、ぜひ取引したい、というニーズにもつながっていく」と。なかなかヒントになるアドバイスと言える。

寄稿者:牧野 義司 氏(経済ジャーナリスト、メディアオフィス「時代刺激人」代表)