特定非営利活動法人(NPO)日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)が2014年10月、日本産和牛を米国高級レストランで調理したりする米国人有名シェフら4人を日本に招待し、和牛の生産現場の川上から川中の流通、そして川下の消費現場まで視察研修してもらったら、いくつか興味深い評価結果が出た。
そのポイント部分を先に挙げると、米国の高級ステーキハウスでは最近、品質ランク A5 の日本産和牛を「超プレミアム牛」としてメニューに取り入れつつある。アンガス牛、ヘレフォード牛などのアメリカン・ビーフに慣れ親しんだ米国人にとって、日本産和牛は味覚、食感ともに別格との評価がある。今回の視察で、それを実感したという。
その半面、彼らシェフによると、米国産牛肉の品質格付けはプライム、チョイスなど、消費者や実需者から見て極めてシンプルで、わかりやすいのに対し、日本産和牛の品質格付けは実需者からすると不明瞭で、わかりにくい。そればかりでない。日本各地の産地ブランドが多いため、米国側からすれば、どのブランドの和牛が優れているのか、極めてわかりにくい、という。
JRO が今回、視察研修に招待したのは、いずれも米国ニューヨークの有名シェフらばかり。日ごろ、日本産和牛の生産や流通、消費の現場を見る機会がほとんどなく、どういった実態なのか十分に知る状況にない。
そこで、 JRO は、今後、日本が世界に向けて和牛を輸出していく場合、「牛肉消費大国」である米国で、日本産和牛に対する理解と評価が定まれば、世界中に口コミなどの形で伝播してプラスに働く可能性が大きい。メッセージ発信力のある有名人シェフに直接、現場視察研修してもらうことが必要だ、という問題意識で現場の視察研修を企画した。
さらに、 JRO にとっては、 A5 等高い格付けを受ける和牛が、米国内の物流過程での温度管理や品質管理のまずさで品質劣化が起きている点を何とか克服してもらう必要があった。そこで、彼らシェフに直接、日本の生産現場や流通現場を視察してもらい、米国内での温度管理品質劣化を防ぐ手立てをどうすればいいか、日本の品質管理から何を学ぶかなどを彼ら自身にしっかりとチェックしてもらう狙いもあった。
招待した有名シェフらは以下のとおり。(敬称略)
1)ED BROWN (エド・ブラウン) CHEF & INNOVATOR OF RESTAURANT ASSOCIATES
2) WILLIAM STRYNKOWSKI (ウイリアム・ストリンコフスキー)DIRECTOR OF WELLNESS AND BUSINESS EXCELLENCE OF RESTAURANT ASSOCIATES
3)FRED SABO (フレッド・サボー)EXECUTIVE CHEF OF THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART MEMBERS DINING ROOM
4) ARNOLD MARCELLA (アーノルド・マルセラ)CHEF DE CUISINE OF THE ELM
エド・ブラウン氏ら4氏は10月11日に来日、帰国する19日まで、さまざまな現場体験をしたが、その主な研修スケジュールは以下のとおり。
まず東京では、和牛流通の川下の視察として、人形町今半本店で和牛のすき焼き、しゃぶしゃぶをメニューとして学び、また人形町今半の白河工場を見学した。続いて築地卸売市場の場内見学を行うとともに西洋フードコンパスグループの受託事業所給食を見学、その後新幹線で京都に移動し、美濃吉竹茂楼で京懐石について学び、調理場で日本料理の調理研修を受けた。
【人形町今半】
和牛のすき焼き、しゃぶしゃぶをメニュー提案
15日に空路で鹿児島入りし、和牛流通の川上および川中の行程を見学した。具体的にはスターゼンミートプロセッサー阿久根工場を見学、続いて地元スーパーの精肉コーナーを見学、さらに和牛の生産現場のカミチクグループを訪問し飼料工場の TMR センター、生産現場の錦江ファームなどを視察した。
スターゼンミートプロセッサー阿久根工場
最後に研修のまとめとして、カミチクグループの直営店である鉄板焼肉ビーファーズ、そして帰国直前の18日には東京銀座の三笠会館で、和牛のさまざまな等級と部位の試食とメニューの研究会も実施した。
【鉄板焼肉ビーファーズ】鹿児島和牛の試食
【三笠会館】等級別部位別の和牛の試食
今回の視察研修には JRO の加藤一隆専務理事、日本フードサービス協会( JF )の福田久雄シニアディレクターらが同行し、視察先の関係者の状況説明を補足する役割を担った。そこで、プロフェッショナル・シェフたちに最も長く接した JF の福田シニアディレクターの話をもとにレポートしてみよう。
和牛に関して、今回初めて、生産現場の川上からレストランの川下までの全行程を視察研修したメンバーの 1 人、エド・ブラウン氏は「脂の乗った和牛はフォアグラのような存在だ。米国産のステーキ肉とはまた違う味で、おいしく、興味深かった」と述べた。
そのブラウン氏だけでなく参加メンバー全員が異口同音に GREAT! と高く評価したのは和牛の食べ方だった。それは鉄板焼きで、誰もが「素晴らしい」と評価した。同じ和牛でも、サーロイン、フィレ、モモなど、部位によって、それぞれ特性が違うが、各メンバーの誰もが指摘したのは、脂の乗った和牛を鉄板焼きのうち、とくに塩で食べると、そのおいしさ・特性が最もストレートに引き出される、と絶賛したことだ。
その際、ブラウン氏は、少しずついろいろなものを皿に乗せてシェフのお勧めメニューとして出すテースティング・メニューに言及し「いろいろな部位、格付けの和牛を鉄板焼きで出せばいい。その時に、ワインとペアリングしたテースティング・メニューで食べてもらう、というのも一案だ」と述べた。 JRO にとっては重要なヒントと言える。
また、今回の視察研修で、別の参加シェフは「米国では、日本の和牛の DNA を持った米国産の和牛(和州牛)、また豪州産の和牛が出回っている。しかし超プレミアム牛のような最高級肉としての日本産和牛への需要が米国で十分にある。
問題は、米国内の流通業者や我々シェフがもっとその特性を理解したうえで、品質管理を徹底し、最適な食べ方を通じてアピールすべきだ」といった形で何が課題かを認識したのが印象的だった。
米国内の流通業者らの流通過程での温度管理などの問題で、日本産和牛の品質劣化と言う予期せざることが起きて、日本側としても対応に苦慮していただけに、今回の有名シェフらが問題意識を持ってくれたことは、 JRO にとって朗報と言える。
昨今、価格が高騰しているとはいえ、米国産のアンガス牛ステーキは10オンス(280グラム)で50~60ドル程度。それに比べ日本産の和牛はその3倍以上の価格で、価格差が大きい。米国人がレストランで財布の中身を気にしないで気前よく注文するのは、1つがステーキ、もう1つがロブスターで、価格が高くても「最高級」というアピールに引っ張られて注文する客層が必ずある。競合との価格差を超え、和牛が顧客の期待に応えられるようなアピールが出来るかどうかだ、という指摘もあった。
ウイリアム・ストリンコフスキー氏は、オレイン酸が豊富な霜降り和牛の脂肪分に言及し、そのヘルシーさを高く評価した。具体的には「米国のレストラン内の室温で、日本産和牛は、興味深いことに、脂肪分が溶けてしまう。オレイン酸などの不飽和脂肪酸が多く含まれているからのようだが、このこと自体、日本産和牛の素晴らしい特性と言える。米国人は健康、とくに太りすぎを気にするが、日本産和牛はその問題を克服している。脂肪分が多いからといって必ずしも不健康につながるということではない、という点を日本はもっとアピールすべきだ」という評価だった。
確かに、日本産和牛の強み部分の霜降り牛肉は脂肪分が多いので、ヘルシーではないのでないかと米国で誤解されがちだが、実はオリーブオイルなどの植物性油脂に多く含まれるオレイン酸を多く含み、健康志向の米国人にプラス効果を果たしているため、受け入れられやすいはず。この点を米国の有名シェフ自身から、逆に「もっとアピールすべきだ」とアドバイスを受けたのは、今回の視察研修の成果とも言えた。
また、参加メンバーのほとんどが評価したのは、京都の美濃吉竹茂楼での京都風の伝統とおもてなしの点だった。彼らは異口同音に「日本のホスピタリティは素晴らしい。感銘を受けた。米国が学ばねばならない点だ」と語った、という。
日本の外食レストランなど、お客と接する現場では、外国人や日本人を問わず、おもてなしの心で対応するのは当たり前と思っていたが、彼ら米国の有名シェフの口から、「米国が学ばねばならない点だ」と評価を受けたことで、 JRO としても、改めて、この「おもてなし」に代表されるサービスの心に磨きをかけ、いい意味で「売り」の部分にしていくべきであることを、逆に彼らから学んだとも言える。
これらの点とは違って、彼らが指摘した課題がいくつかあった。中でも、米国に日本から輸出される和牛がそれぞれ産地の銘柄名が多すぎる、という点だった。 WAGYU の文字が入ったブランド名で商標登録申請されているのが現時点で25ほどある、と言われているが、彼らが問題視したのは、それぞれの区別がつかず、また品質格差もわからない、という点だ。
その品質格差に関しては、米国の場合、プライム、チョイスなど8ランクとシンプルなのに対して、日本産の和牛は A5 、 A4 から始まって、いろいろ多すぎる、という指摘だった。また、地域ブランドとも絡むが、ある参加メンバーは「品質格付けがしっかりしていれば、またそれを基準にするのならば、産地のブランド、銘柄にこだわる必要がないのでないか」という指摘だった。
以上が米国の有名シェフらの視察研修のポイント部分だが、 JRO にとっても、こういった形で相互交流を通じて、日ごろ気が付かない点の指摘やアドバイスも得たので、間違いなく成果があった、と言えそうだ。
寄稿者:牧野 義司 氏(経済ジャーナリスト、メディアオフィス「時代刺激人」代表)