2015/03/15-20 タイ外食事業者日本研修より
今や世界の成長センターとなりつつあるASEAN(東南アジア諸国連合)の中核にあるタイは、ベトナムやカンボジアなどのメコン経済圏諸国の中でも経済成長レベルが進み、とくに首都バンコクの経済には勢いがある。そのバンコクで、地元タイ料理に次いで大人気なのが日本食だ。
本来ならば、華僑など中国系のタイ人が多いので、中国料理が強み発揮とみられがちだが、ここ数年、日本食文化ブームに加えて味のよさ、安全・安心、おもてなしサービスなどで日本食レストランは、タイ人の間でも人気スポットとなっている。
とくに、最近の1つのトレンドは、タイ人の企業経営者が、日本食ブームをビジネスチャンスと見込んで積極的に店舗展開、中にはタイ人富裕層をターゲットにした高級スシレストランなどを経営する動きが広がっている。こういったレストランは、日本から直輸入した日本産食材を調理することをセールスポイントにするほど。
そこで、特定非営利活動法人日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)はJROタイ支部と連携して、バンコクで日本食レストランを店舗展開しているタイ企業の幹部やシェフの人たちを対象に、2015年3月15日から20日までの5日間、千葉県や北海道の農漁業生産者や食品関係企業、外食企業の人たちと交流すると同時に、生産現場を見学してもらう「日本産食材ツアー」を企画した。その結果、バンコクでも有名なHonmono Sushi(日本語名は「本物すし」)のタイ人オーナーシェフ、タイ国内で約150店舗の日本食レストランを展開する
Oishi(日本語名は「おいしい」)Groupの仕入部長など、タイの日本食レストラン関係者がツアーに参加、日本側のメニュー提案、試食会などで交流を行った。
結論から先に言うと、今回のツアー参加者のタイ人レストラン関係者は、日本産食材のタイ向け物流体制の改善に積極的な要求や注文をつけた。中でも、東京築地中央卸売市場からスシネタの新鮮な魚介類を毎週、成田空港経由で空輸して、バンコクの現場でタイの富裕層を対象に握りスシとして出しているオーナーシェフらは、魚介類の鮮度、味のよさなどにこだわりを持つと同時に、通関業務のスピード処理など少しでも早くタイに空輸する物流体制に注文をつけた。現場事情に精通しているだけに要求度は極めて高かった。
この点は、北海道ツアーの現場でも見られた。それらタイ企業関係者は、北海道漁連などに対して、新千歳空港からタイのバンコクを結ぶ直行便が開通したのをきっかけに、北海道漁業協同組合連合会(北海道漁連)などが魚介類のタイ向け輸出に関して、少量多品目の水産物などについても積極対応を求めたい、といった注文をつけた。
ツアー参加者は12人。このうちタイ人が6人。Nippontei Group代表のキティ・ウルパタンカーンさん、Honmono Sushiの2人のオーナーシェフ、バントーン・チュパラさん、ブーンタン・パクポさんで、いずれも日本のテレビ番組「料理の鉄人」のタイ版番組に出演するほどのスシ料理の実力者、ZENレストラン・ホールディングス取締役のダワット・パンサティアンクルさん、Oishi Group取締役のジャカバン・メースワンさん、Daisho(Thailand)部長のカムチャイ・ウイチコサムさん。
残りはいずれも日本人で、バンコクでビジネス展開されている人たち6人。JRタイ支部長でモスフードタイランド会長の浅井靖綏さん、YAMASA Thailand社長の兵藤道弘さん、Nippontei Groupのエクゼクティブ・シェフの森三義さん、タイの日本食レストランZUMAの料理長、小貫哲史さん、同じくタイの日本食レストラン、Umenohana Thailand取締役の長谷伸治さん、Daisho(Thailand)社長の加藤秀樹さん。
日本到着後の3月15日、宿泊先の成田空港近くのホテルで千葉県内の農業法人や食品関係企業、外食企業の関係者との懇談会が開催された。そこではメニュー提案や試食会と合わせて、地元成田市の藤田礼子副市長(当時)が現在、具体化に踏み出した「成田市国家戦略特区――成田市場の輸出拠点化プロジェクト」に関しての説明を行った。
このプロジェクト説明の場を設けたのは、それなりの理由がある。今回のタイ外食企業関係者らは、成田空港経由の日本産食材の物流のスピード化ともからむ問題に強い関心を示していたこと、また、JRO理事で日本政策金融公庫千葉支店長の紺野和成さんがプロジェクト推進組織の「成田市場輸出拠点化研究会」の委員だったことなどから、JROとしては、藤田副市長を招いて、ツアー参加者との意見交換の場にすることにしたもの。
藤田副市長は、この説明の中で、成田市場と東日本の農業、水産業の現場をネットワーク化し、新鮮な農水産物をスムーズにかつ安定的に確保調達する物流の枠組みをつくると同時に、市場に到着して飛行機で4000キロ以上の遠隔地に素早く輸送するに際して、検疫や通関、産地証明書発行など輸出手続きに必要な行政上の業務を迅速に行う「ワンストップ化」を具体化させる、と述べた。
この成田市の構想に対して、Honmono Sushiの2人のオーナーシェフの1人、バントーン・チュパラさんは「早く実現に向けて具体的なアクションをとってほしい。バンコクのわれわれの店では毎週、築地市場から調達したマグロ、ハマチ、シマアジ、ウニなどを成田空港経由でタイに輸入しているが、輸入価格が少し割高でも鮮度がよければ購入する。タイの富裕層のニーズがあるからだ。日本は、こういったアジアのニーズに応えて物流システムをもっとスムーズにすべきだ」と述べていたのが印象的だった。
また、この懇談会で、JROタイ支部長の浅井さんは、タイ、とくにバンコクでの日本食の外食市場動向を説明した。それによると、バンコク市内ではタイ料理店に続いて日本食レストランが第2位、それにイタリア料理店が続く人気で、また日本食レストランの90%がタイ人のお客であること、このため、在留邦人や日本人観光客はお客の数の多さの面でも相対的に影が薄くなるほどであること、日本食レストランはタイ人に味などの面で評価されないと、とても生き残れない状況で、タイ人にどのようにして売り込むかがまず重要、さらにタイ語での商品説明は必須である――などだった。
タイ側のツアー一行との商談会に参加したのは、株)たけやま、株)千葉県食肉公社、株)食研、古谷乳業株)、株)向後米穀、株)生産者連合デコポン、茂野製麺株)、株)エム・イー・シーフーズの8社だった。
ツアー一行は、来日2日後の3月16日にヤマサ醤油銚子工場を見学、そのあと松本水産、ベジポート旭センター、株)WDIジャパンを見学した。このあと3月17日に成田空港から北海道の新千歳空港に移動し、北海道漁連本部を訪問、北海道の水産物の主要魚種や商品に関してプレゼンテーションを受けた。
3月18日は、北海道古平郡の東しゃこたん漁業協同組合古平本所を訪問、生産加工場でタラコ、ツブ、アワビ、甘エビなどの加工状況、さらに水揚げ現場や荷捌き状況なども見学した。午後は、南小樽市場を見学したあと、小樽市内のぎょれん総合食品本社工場で魚のフライ製品フレーク工場、秋鮭加工センターなどを見学した。そして、3月19日には北海道北広島市のホクレン直売所、農村レストラン「くるるの杜」を見学、さらに株)ホクレン商事のスーパーマーケット「ホクレンショップ」、さらに石狩市のホクレンパールライス工場などを見学した。
タイへの帰国前夜の3月19日夜、札幌市内のレストランで、JRO札幌の会員企業、グルメ回転寿司「なごやか亭」、焼き肉レストラン「ぼくぜん」の代表らと歓談した。
すでにタイでは、日本食文化の浸透を通じて、北海道産の食材、観光地北海道などへの認知が着実に浸透しつつある。そういった中で、今回のタイ人の外食企業関係者ツアー一行の北海道での関心事は、タイ航空の飛行機が新千歳空港とバンコク空港を結んで毎日、直行便の形で往復して飛ぶようになったことから、北海道産の新鮮な魚介類を出来るだけスムーズにタイまで空輸できないか、という問題だった。
とくに、北海道漁連などとの会合では、タイの外食企業側からは、ホタテ、サケ、カニなどの食材がタイで強いニーズのあることを指摘すると同時に、荷物の量をまとめて輸出するコンテナ輸送に加えて、小口でも頻度多く新鮮魚介類を運べるような宅急便などの輸送システムにしてもらえないかとの注文があった。
この北海道産の新鮮魚介類を少量・小口でもいいから、ぜひほしい、というニーズは、以前、来日した台湾のスシ関係の外食企業関係者にもあった。北海道漁連がメインにしているコンテナ輸送以外に、こういった小口需要が根強くあることは、北海道の水産・漁業関係者にとってもうれしい話で、重要な検討課題であることが今回のタイの外食企業関係者の要望で改めて浮き彫りになった形だ。
2014年1年間に日本を訪れたタイ人渡航者数は約65万7600人で、前年比45%増となり、過去最高を記録している。観光ビザの発給条件緩和効果もあるが、このタイからの来日観光客数が2012年以降、驚異的な伸びを見せていることは、タイにない日本の成熟社会のよさを知りたい、見てみたい、味わいたい、というニーズの表れと見て間違いない。
そういった中で、訪日するタイ人にとって、北海道を訪問する頻度の多さでは断トツの人気を博している。観光地見物と同時に、北海道産食材のおいしさに魅了されている面もある。とくに水産物以外にも、北海道農産物やそれを加工した商品への関心も高まっており、北海道の人たちにとっては、これらのニーズにどうやって課題対応していくが今後のポイントになってきた。
JROとしても今回、日本産食材調達先の見学・研修ツアーに参加いただいたタイの外食企業関係者のように、観光という形ではなく、タイの日本食レストランでのお客のニーズに対応するために、北海道の現場に直接、足を運んで食材の質をチェックし、どうすればスムーズに空輸などで入手できるか、ということに真剣になってもらえるツアーをアレンジ出来たことは大きな成功だったと言える。
JROは今後、北海道漁連など生産者、流通企業が、こうしたタイの日本食レストランを展開する外食企業者の北海道産食材に対するニーズの強さに応えて、タイ向けに限らず海外、とくに成長センターのアジア向けに北海道産食材の輸出を活発にする方策を改善して、彼らのニーズに対応していただきたい、と訴えていくようにしたい。
寄稿者:牧野 義司 氏(経済ジャーナリスト、メディアオフィス「時代刺激人」代表)