台湾における日本産農産物・食品規制の近況報告

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発端の産地偽装の真相は不明、産地証明書の煩わしさが難題


台湾が突然、2015年5月15日から、これまでの福島県など5県の農産物や加工食品の輸入停止措置強化に加えて、新たに42都府県の農産物や加工食品に関しても産地証明書添付の義務付けなどの規制強化を打ち出したため、台湾向け輸出に取り組んでいた農業現場、食品関係企業、外食関係者に大きなダメージを与えかねない事態に陥った。

その後、事態はどうなったのだろうか。結論から先に申し上げれば、まだ、油断は禁物だが、大山鳴動した割合には大混乱という事態になっておらず、どちらかと言えば沈静化の方向に向かっている。ただし、規制強化は依然、続いたままだ。

新たに規制強化対象になった地域では、あわてて産地証明書を準備せざるを得ない、といった煩わしさがあったことは事実。とくに生鮮食材を台湾向けに輸出に振り向けていた地域では、わずか数日間とはいえ、産地証明書や動植物検疫証明書の交付を得るまで、想定外の時間がかかって鮮度維持に苦労した、という話もあっただけに、今後も現場には出荷トラブルを含め影響が続くことだけは間違いない。

きっかけは3月に起きた輸入停止5県産の農産物の産地偽装問題


そこで、特定非営利活動法人日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)に加入する関係企業などにとっても看過できない問題なので、現場の声などを踏まえて、現状レポートをしよう。

問題の発端は、4年前の東京電力福島第1原発事故に伴う放射能による食物汚染などの影響を懸念して輸入停止になったままの福島、茨城、千葉、群馬、栃木の5県産の農産物や加工食品が、何と産地偽装して台湾に輸出されていたことが規制強化の2か月前の3月に台湾で発覚し、政治問題化したことだ。台湾政府は急きょ、5県産のものが輸入されていないかチェックを行うと同時に、それ以外の42都府県からの台湾への輸入農産物や加工食品に対しても規制のアミをかぶせた。それどころか岩手、宮城、愛媛、東京の4都県の水産物、さらに静岡、愛知、東京、大阪の4都府県の茶類産品にはいずれも検査機関が発行する放射性物質検査報告書の添付が必要、という措置をとった。

当初、農林水産省や経済産業省、外務省など日本政府の関係者にとってビッグサプライズだった。なにしろ台湾は、親日国であることに加え、日本産の農産物や加工食品の輸出額が香港、米国に次いで第3位に多い、という大口の輸出先であるため、関係悪化することは、日本にとっては得策でなかったからだ。

そればかりでない。もし産地偽装という信じがたい問題が事実となれば、放射能による食物汚染を危惧して輸入停止にしている中国や韓国の周辺国にも波及する恐れがあることなどから、それら政府関係者は、中国との関係で国交がないため、ただ一つの交渉窓口ルートの交流協会ルートを通じて、台湾政府に対し、産地偽装の事実関係の有無を確かめると同時に、科学的根拠がない規制強化だとして早急に中止を求めた。

馬英九台湾総統が「真相解明、再発防止策出れば短期的措置」と表明


その一方で、林農林水産大臣も記者会見で、今回の台湾の措置に関して、「科学的根拠にもとづかない一方的な措置で、誠に遺憾」と批判した。担当大臣として、当然の発言だったが、その同じ記者会見で林農林水産大臣が「WTO(世界貿易機関)への提訴も含めて対応する」と述べた。

結果的に、その後、台湾の馬英九総統が5月18日の記者会見で、輸入規制のきっかけになった産地偽装の問題に関して「双方の調査機関が協力して偽装の原因究明を行い、再発防止策を講じたら、規制を解除する。規制自体は短期的な措置に過ぎない」と述べ、事態収束に向けての道筋も残していることを明らかにしたため、双方の農産物貿易取引の現場には大きな混乱が生じなかった。

北海道の生鮮ヤマイモ現場は「もともと植物検疫を受けており実害なし」


問題は、貿易取引の現場がどうだったか、という点だ。台湾では薬効があって絶大な人気農産物の北海道産の生鮮ヤマイモ(長芋)の貿易取引に影響が出るのではないかといった懸念があった商社等の関係者からは「台湾が日本全国を対象に輸入規制のアミをかぶせた、というので、最初は緊張し、影響を心配したのは事実。ただ、北海道産の生鮮ヤマイモに関しては、もともと植物検疫の対象になっているうえ、台湾側のニーズが強いこと、それに正規の手続きで検疫を受けていれば、ほとんど支障が出ていないので、今は現場混乱が起きていない」と述べている。

また、台湾にコメなどを輸出している新潟県の稲作農家の経営者も「産地証明が必要だ、ということで対応を余儀なくされたが、新潟の商工会議所が産地証明の発行に対応してくれ、しかも早ければ2日で発行してくれるので、実務に支障が出る、といった事態ではない。ただ、間違いなく煩わしい」と語っている。

日本が真相解明求めても台湾側の明確回答なし、宙に浮く再発防止策


しかし、産地偽装があったと名指しされた福島県や千葉県など関係5県の生産者や食品企業、貿易関係者は、今回の問題をきっかけに風評被害に発展することが最大の気がかりだ。事実、千葉県で農林水産関係の政策金融にかかわる関係者は「台湾発のメディア報道を通じてしか、5県産の産地偽装があった、という話が伝わっていないが、問題は、お行儀の悪い業者はいったいどこの、だれなのか、特定してもらわないと、後遺症の形で風評被害が続く。事実解明を求めているのだが、どうも定かではないのが気になる」という。

この問題にかかわっている農林水産省食料産業局輸出促進グループ担当者も「日本にとっては台湾との農産物や加工食品の取引ウエートが高いので、事態を重視し、産地偽装がいったいどこで行われたか、其れが明らかにならないと再発防止策が打てないので、いま、必死に日台間の交渉窓口になっている交流協会ルートはじめいくつかのルートで打診をしているのだが、率直に言って、明確な答えが戻ってこない。まったく事実無根だったなどとは思わないが、馬英九台湾総統が明言するように、双方が真相解明を行い、再発防止策をとることが最重要だ」と述べている。

一部で、台湾の総統選を前に、野党がたまたま台湾国内で起きた食品の安全性問題にからめて、この問題を持ち出し、与党政権を突き上げる政治対立の材料に使われたのではないかという声もあった。
正直なところ、この問題の背後に台湾の政治問題がどこまでからんでいるのか、真偽のほどは定かではない。ただ、問題は、真相解明問題があいまいにされたまま、時間経過していった場合、台湾の輸入規制強化だけが残って、日本側の輸出取引現場が不必要なエネルギーやコスト、労力を浪費することが懸念だ、と指摘する食品関係者、貿易取引関係者が多いのは事実だ。現時点では、JROとしては事態の推移を見守っていくしかないようだ。

寄稿者:牧野 義司 氏(経済ジャーナリスト、メディアオフィス「時代刺激人」代表)