動き出した成田国家戦略特区「国際農産物市場」

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通関など輸出手続きをワンストップで迅速化


政府の成田国家戦略特区を活用して、成田国際空港周辺に輸出専用の国際農林水産物を取り扱う卸売市場をつくり、植物検疫や通関などの輸出手続きをワンストップで簡略かつスピーディに輸出できるようにしよう――こんな興味深い構想を盛り込んだ「国際農産物市場推進計画」が成田市主導で動き出した。実現すれば、味や品質に強みを持つ国産農産物を海外に積極輸出する「攻めの農業」戦略を担う頼もしい存在になるのは間違いない。

関係者によると、成田市は新年度(2016年度)から、この計画の具体化に踏み出す。というのは、計画を数年がかりで検討してきた「成田市場輸出拠点化研究会」(座長・成田市副市長)が最近、「国際農産物市場推進計画」報告をまとめたこと、その中で、英国向けの農産物輸出の実証実験結果をもとに、めざすべき卸売市場の課題などを打ち出したこと、また、TPP(環太平洋経済連携協定)が今後動き出せば、農水産物輸出の拠点卸売市場づくりが急速に重要課題になることなどから、成田市としても布石を打つ必要があると判断したためだ。

計画づくりに参画のJRO理事・紺野氏に今後の見通しや課題を聞く


NPO法人日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)は、日本食文化の世界的な高まりを背景に、日本の外食企業が海外展開するにあたって、日本からの日本産食材の調達などが重要課題にもかかわらず、肝心の国産農産物や加工食品の輸出インフラづくりが十分にできていないのは問題で、早急に実現努力を、と訴えてきただけに、もし成田空港周辺に国際農産物市場が創設されれば、朗報であることは間違いない。

そこで、「成田市場輸出拠点化研究会」の有力メンバーで、JRO理事の日本政策金融公庫千葉支店長の紺野和成氏(2016年4月から日本公庫帯広支店長に異動)に、今後の見通しや課題などを聞いてみた。

その前に、中核の「成田市場輸出拠点化研究会」のことを簡単に述べておこう。
研究会自体は、2014年10月に成田市が中心になって、関係者で組織化された。当時、安倍政権の国家戦略特区構想に成田市が対象に加わったため、それを活用すれば、さまざまな規制緩和策を大胆に打ち出すことが可能との判断から、冒頭に挙げたような考え方にもとづき、成田空港に近接する場所に農林水産物の輸出拠点的な国際農産物卸売市場(仮称)を設置する狙いで、計画の具体策づくりの検討に乗り出した。
メンバーは、成田市を中心に、国の出先機関である関東農政局や関東運輸局に千葉県、日本貿易振興機構(JETRO)、日本政策金融公庫、成田国際空港株式会社、JA全農ちば、JA成田市、成田青果卸売協同組合、成田卸売市場再生検討委員会、生産者連合デコポン、和郷、日本貨物航空などが入っている。

成田市主導の「成田市場輸出拠点化研究会」が数年前から計画討議


過去、数回にわたる研究討議を踏まえて、研究会が最近まとめた「国際農産物市場推進計画」報告が今後のポイントになるので、そのポイント部分をレポートし、それを踏まえてJRO理事の紺野氏に計画具体化の課題や見通しなどを聞いてみよう。
まず、その報告によると、研究会は、国際農産物市場を成田空港周辺に創設する問題と平行して、輸出先市場を早めに想定し、その市場に向けて農産物輸出の実証実験を行い、輸出手続きの迅速化がどこまでスムーズに行えるか、農産物が輸出先に空輸された場合、鮮度の高い状態で相手先市場のスーパーマーケットなどの棚に並べることが可能か、相手国での輸入手続き面で課題があるとしたら、どんな点なのかを検証ポイントに置くべきだ、という問題意識で一致し、その実証実験先としてEU(欧州共同体)、とくにEU域内に影響力のある英国に白羽の矢をあてた、という。

紺野氏によると、研究会では、国産農産物の輸出先として、成長センターのアジア、とくにASEAN(東南アジア諸国連合)10か国にすべきでないかという意見もあった。しかし、焦点の輸出先ターゲット市場を選ぶにあたって、研究会は、1人あたりGDP(国内総生産)が高く高価な農林水産物の購買力があること、空輸の適性度の点で距離があり、空輸の強みが活かせる地域であることをまず最重点に置くべきだ、という意見から、それらの条件に該当する地域や国として、EU、シンガポール、カタール、アラブ首長国連邦、バーレーンなどがベストでないか、という判断となり、成熟先進国市場のEU、とくに英国を当面の実証実験対象国に選んだ、という。

英国を輸出先想定の実証実験では輸出手続きが半減の3日間で迅速化


ちなみに、報告書がランク付けした輸出先ターゲット市場は、上記の1人あたりGDPが高く高価な農林水産物の購買力があること、空輸適性度の点で距離が遠くて空輸の強みが活かせる地域であることをベースに4段階で地域選定した。第1順位がEU、シンガポールなどだったが、続く第2順位は、遠距離で空輸の強みが活かせる半面、1人あたりGDPが相対的に低く購買力が低いことを理由にしたタイ、ベトナム、マレーシア、ロシア、ブラジル、インドなど。
 また第3順位は、1人あたりGDPが低く購買力も低い上に、空輸面で短距離のため、海運との差別化がしにくい国・地域ということで中国、フィリピン、そして第4順位は1人あたりGDPが高く購買力も高い半面、空輸の距離が短く海運との差別化が難しい国・地域として香港、台湾、韓国を挙げている。ただ、第3順位の中国などに関しては、少数の富裕層をターゲットに超高付加価値の品目を輸出する、といった選択肢もある、という。

これらを踏まえて、研究会では英国をターゲットにした実証実験を行った結果、1)産地証明書の申請から輸出通関まで、当初目標の3日間で行えた、2)ロンドンのバイヤーなどのニーズがあり、比較的高価で販売可能な農産物14品目を輸出したが、白カビが発生したイチゴ以外は問題なく迅速に通関しスーパーなどの棚に並べられた、という。なお、白カビ発生は、温度と湿度が高くなると発生するリスクがあることがわかった、という。
 ただ、保税倉庫が高温だったため、将来的に大量の農林水産物が輸出される状態になった場合、滞留されるリスク、品質保持対策としてコールドチェーン環境を整備する必要、さらに保冷コンテナ、保冷梱包が必要になる対策も検討課題、という。

実証実験では今後の成田卸売市場を想定して、産地証明書の発行から、植物検疫、爆発物検査、通関までの輸出手続きがこれまで通常4~6.5日かかっていたのを3日以内に収められるどうかを重要ポイントにしたが、3日以内に完了することができた、という。

紺野氏「実現に向けての課題は成田市が国とどこまで連携できるか」


これらの実証実験結果をもとに、報告書は、今後の検討課題などにも言及しているが、成田市が研究会報告をもとに今後、「国際農産物市場推進計画」の具体化に向けて、どのように取り組むのか、また課題はどんなことかが関心事となる。
そこで、JRO理事の紺野氏に聞いたところ、「研究会の1メンバーであり、個人的な見解」という前提で、いくつかポイント部分に関して述べた。
まず、今後の見通しに関して、紺野氏は「成田市が新年度から計画の具体化に取り組むのは間違いない。ただ、内閣府が関与する成田国家戦略特区の活用が重要なポイントになっているため、内閣府や農林水産省、国土交通省など国との間で、どのように連携して具体化に踏み出すかが今後のカギになるのでないか」と述べている。
その際、紺野氏は、「国家戦略特区活用のメリットは、予想以上に大きかった。今回の実証実験で、これまで農水産物輸出をする際の大きなネックだった植物検疫から通関までの輸出手続きに最大6日ほどかかっていたが、国家戦略特区導入による規制緩和、そして関係省庁のタテ割り組織のカベ取り外しによって、文字どおり1か所でのワンストップ手続きによって3日間に大幅短縮できたのは大きな収穫だ。国を巻き込むのが最重要課題で、プロジェクト現場の自治体、成田市の手腕にかかっている」と語った。

国際農産物市場がカギ、成田空港に近・隣接で新設か既存市場活用か


今後の焦点の1つに、国際農産物卸売市場を新設するのか、既存の卸売市場を活用するのかどうか、という点もある。紺野氏は「成田空港から8キロ離れた場所にある公設の成田卸売市場を活用するのか、新たに空港に隣接もしくは近接する卸売市場をつくるのか、といった重要課題が残っている。輸出を戦略的かつ迅速に行う、という点でいけば、空港に隣接もしくは近接がベストだが、成田市や国がどう仕切るか今後の課題として残っている」と語っている。

また、成田空港の旅客・貨物航空便の発着時間は、空港周辺の住民への騒音対策の関係などで現在、午前6時から午後11時までと限られ、24時間使用の関西国際空港に比べてハンディキャップがある。今後の国際農産物卸売市場創設問題との関連で、その点が議論になるかどうか、という問題がある。
この点に関して、紺野氏は「成田空港が、関西国際空港、中部国際空港、羽田国際空港に比べて利便性や物流面などでハンディキャップがあるのは事実だが、逆に、成田空港の場合、背後に首都圏、東北地方を含めた広大な農産物生産地域を抱え、海外の国々のニーズが高い味や品質などで優れた農産物を安定的に集荷できる強みがある。この強みを存分に生かすことが重要だと考える。また北海道などの優れものの農水産物を千歳空港、帯広空港などから成田空港に転送し、成田空港から世界に向けて空輸するタッチ&ゴーが行える基幹空港だという強みもある」と述べている。

戦略的な輸出先市場をどこにするかは今後の具体化過程の問題


また、研究会が輸出ターゲット先として、農林水産物の購買力のからみで1人あたりGDPの高さを挙げると同時に、海運に比べて距離が遠くてスピード輸送が可能といった航空のメリットを発揮できる空輸適性度の点でEUなどを挙げ、実証実験先にも指定したが、日本にとって、日本食文化が定着しつつあるASEANや中国、香港、台湾、韓国の国々を戦略的な輸出先として考えるべきでないか、という議論も今後、起きる可能性がある。

紺野氏は、この点について「研究会では、たまたま輸出先実証実験国として、英国を選んだが、戦略的な輸出先市場をどこにするか、といった議論は今後の具体化の過程で出てくる議論でないか」と述べている。

このほか、農水産物輸出を本格化させる場合にも出てくる議論だが、EUのHACCPという食品管理基準、またイスラム文化・経済圏でのハラール認証など国際的な品質管理基準などに、日本政府、あるいは農水産物生産者側がどう対応するかの問題も残っている。紺野氏も「国際農産物卸売市場創設という大きな問題をきっかけに、日本の農水産物輸出を戦略的にどうするのか、といったことを本格的に議論することが重要になってきたと思う」と述べている。

報告者:JROメディアコンサルタント 牧野義司