JRO国際シンポジウムINマレーシア

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JROマレーシア国際シンポジウムで熱い議論


タイ、マレーシア、インドネシアなど親日国が多いASEAN(東南アジア諸国連合)10か国は2015年12月に地域市場統合を行い、新たに6億人の経済人口を持つ巨大なAEC(アジア経済共同体)を誕生させた。いずれの国も成長志向がとても強く、間違いなく世界の成長センターになるので、日本にとってビジネスチャンスが増える、との期待が日本の企業関係者の間で強い。それだけでない。この新市場で2億8000万人にのぼるイスラム教の宗教人口は大きなパワーを持つと同時に、その消費購買力がケタ外れに大きく、アジアにビジネスチャンスを求める日本の企業関係者の期待が膨らむ。

NPO法人日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)は、このアジア・イスラム市場の成長性に着目し、イスラム教国の中核に位置するマレーシアの首都クアラルンプールで、2016年1月27日に食の国際シンポジウムを開催した。日本およびマレーシアのフードサービス産業、食品産業で活躍する企業経営者をパネリストにして、日本食文化とハラールを軸にしたイスラム食文化がどう融合できるか、日本食文化がマレーシアで普及かつ定着していく方策は何か、さらに異文化市場でのマーケッティングや商品開発の進め方は何か、といったことがテーマとなった。会場にはミャンマーレストラン協会(MRA)はじめタイ、香港、インドネシアなどの外食関係者等を含む約200名が参加し、JROならではの国際シンポジウムに相応しい内容となった。
そこで、今後、市場参入を検討されている方々にも参考になる話が多かったので、ぜひレポートしてみよう。

パネリストに安部氏、粟田氏、金子氏、マレーシアからフー氏が参加


シンポジウムでは冒頭、JRO会長の島村宣伸元農林水産大臣が開会あいさつしたあと、大河原毅JRO理事長(ジェーシーコムサ代表取締役CEO)をコーディネーターにして、パネリストには安部修仁JRO副理事長(吉野家ホールディングス会長)、金子圭司氏(味の素マレーシア社長)、JF(日本フードサービス協会)副会長の粟田貴也氏(トリドール代表取締役社長)、それに現地マレーシアで外食店舗展開を行うマダム・クゥアン代表のダトゥク・ルーディ・フー氏の4氏が参加し、日本食文化とイスラム食文化の融合などのテーマをめぐってディスカッションした。

会長 島村宣伸

理事長 大河原毅

 まず、各パネリストがマレーシアを含むアジア市場での経営の取り組みについて現状を語った。このうちフー氏は、マダム・クゥアンというレストランのビジネスに関して、母親のクゥアン・スゥイ・リァンさんが創業したマレーシア料理のレストランで、オーナー経営者として経営にあたっていること、多様な食文化を持つマレーシアの料理を強みにマレーシア国内で8店、シンガポールで1店を店舗展開している、と述べた。

続いて、吉野家ホールディングスの安部氏は、吉野家としては1970年代半ばに米国に出店したのが海外展開の最初で、その後、アジアにも進出を計画し1988年に台湾に1号店を持ち、それらを含めて、現在、海外10カ国で700店の店舗展開を行っていることを明らかにした。そのあと安部氏は、マレーシアに関しては吉野家とグループ企業の讃岐うどんの株式会社はなまるがマレーシアの回転すしチェーン、SUSHI KINGと合弁経営で10店の店舗展開を行っていること、マレーシアは将来性が見込めるので重要市場と認識していることなどを語った。

同じイスラム国でも国によって日本外食企業が苦戦事例


また粟田氏は、焼き鳥店のトリドールをベースに、最近はセルフ式の讃岐うどん専門店を丸亀製麺ブランドで積極出店を行い、現時点で日本、海外を含めて1080店の店舗展開に至っていること、アジアではタイに2012年に丸亀製麺店を出したのを突破口にして、現在はインドネシアやマレーシアなどで事業展開していることを明らかにした。
 その際、粟田氏は、同じイスラム国のインドネシアとマレーシアでの店舗経営に関してインドネシアでは比較的成功しているのに、マレーシアではやや苦戦している面もあり、今回のシンポジウムなどでいろいろ学びたい、と述べた。

 現地マレーシアで調味料の「味の素」を中心にさまざまな加工食品の製造や販売を手掛ける会社の経営に携わる金子氏は、マレーシアでの現地法人の設立が1961年で、創業から55年という長い歴史を持っていること、自身も味の素の海外法人での経営にかかわった中で、ムスリムというイスラム教徒の人たちとの接点が多く縁のある生活を送っていることを明らかにした。

このあと本題のイスラムの食文化と日本の食文化の融合をどうすればいいか、日本食文化がマレーシアで普及かつ定着していく方策は何かといったテーマに議論が移った。

イスラム食文化のカギ、ハラールは「健康的」「清潔」「安全」の意味も


そのことをレポートする前に、このあとパネリストの人たちの発言の中でたびたび出てくる「ハラール」について、若干、わかりやすい解説が必要なので、現地のレストラン関係者、認証サポート団体等の情報をもとに述べておこう。
ハラールは、イスラムの食文化のカギを握る概念で、イスラム法で合法的なものという意味がある。もう1つの意味は健康的、清潔、安全、高品質、高栄養価という意味もある。言ってみれば食に関する戒律ともいえる。たとえばイスラムの食文化のもとで、食肉に関してイスラム教のハラールがらみでは血抜きをすることが義務付けられている。血抜きをすることでバクテリアの繁殖を防ぎ、鮮度も保てて清潔に肉を食べられる、というのだ。

逆に、合法的なハラールに対立するイスラム法上の非合法概念がハラームだ。イスラム食文化でハラームにあたるのは、豚および豚に派生するラード、ゼラチン、血液、内臓、骨、毛はすべてご法度、ナジズ(不浄なもの)を含んだもの、毒物、健康に害があるもの、泥酔をもたらす酒などで、それらは口にすることが禁止されている、同時に牛肉や鶏肉でもハラールで合法的に食肉処理が行われていない場合、口にしてはならない、という。
 マレーシアやインドネシアなどイスラム国のみならず日本国内でイスラム教徒向けにレストラン展開する場合、ハラールキッチン認証の取得が必要で、日本ではNPO日本ハラール協会などで一定の手続きやチェックのもとに認証を得ることが可能、という。

さて、こうした予備知識をもとに、シンポジウムの議論に戻ろう。
 日本側のパネリストから、イスラム食文化と日本食文化の融合という問題を考えた場合、ハラールという戒律をしっかり守ることやハラール認証取得がなかなか難しく障害になりかねない、といった発言が出た際、マレーシア側のパネリスト、フー氏は「同じイスラム教国でも、インドネシアは比較的リベラルだが、マレーシアは戒律が厳しい」と、国によって差があることを明らかにすると同時に、日本などの異文化の外国企業が現地で営業展開する場合、各国のイスラム教ルールに従うほかない、との考え方を示した。

金子氏「ハラールはグローバルな品質認証取得プロセスと考えればいい」


ただ、マレーシアなどイスラム教国での体験が長い金子氏は「ハラールというのは面倒くさく、日本人にとっては、なかなか理解しづらい。しかし宗教認証という見方ではなく、品質認証の1つで、グローバルに通用する品質認証を取得するプロセスだと考えればいい。

マレーシアではマレー系、中国系、インド系と民族が多様だが、それぞれ棲み分けができており、ノンハラールもあるし、ノンポークもある。ハラール認証に関しても有意義な認証だと思っている」と、むしろ郷に入れば郷に従えの精神で臨めばいいのでないか、という考えを示した。
 安部氏は、この点に関連して「文化の違い、という点では、私たちも苦労する面があるが、1つの問題解決策としては、現地化の一環で現地のパートナーと組んで課題解決に取り組むことが必要だ。さいわい私たちの場合、マレーシアではいいパートナーに恵まれた」と述べた。粟田氏も「安部さんの考えに同感だ。問題や課題を解決するため、有力な現地パートナーと手を組むことが非常に大事だと思っている」と述べた。

コーディネーターの大河原氏は「私たちが日本からアジアを見ていると、マレーシアもインドネシアもすべて魅力的で、将来性のある若い市場だと思っていたが、いざ、現場でいろいろ話を聞いていると問題が多いこともわかった。でも、どんな問題があってもチャレンジしてがんばるという姿勢を示せば、やれるのだ、ということもわかった。これは重要なことだ」と述べた。

マレーシアがハラール認証ハブ戦略を考えており、日本は対応必要の声


シンポジウムはこのあと日本食文化とイスラム食文化を融合策、さらにイスラム食文化を取り込むにはどうすればいいか、といった点に議論が移った。

フー氏は「マレーシア政府は今、イスラム教国のマレーシアを世界のハラールのハブにしようという戦略でいる。世界中に18億人のイスラム教徒がいて、その消費市場は米ドル換算で2兆1000億ドルにのぼるとも言われている。もしマレーシアがJAKIM(ハラール認証機関)のハブになれば、すごいことだ。私にとっては、胸がわくわくしてくる」と語った。

これに対して金子氏は「私たちは、マレーシアをハブにしてASEANにおいしい食品を届けるという展開を1年半前から始めている」と、すでに企業としての取り組みを始めていることを明らかにした。
また、粟田氏は「18億人という大きなイスラム消費市場に向けて、マレーシアがハラール認証で世界の重要なポジションに立とう、という戦略的な考えを今回のシンポジウムで知ったのは大きな収穫だ。私たちも、マレーシアから広がってイスラム世界に店を出していけるようなたくましい企業をめざしたい」と述べた。

会場との質疑の中で、イスラム教国を含めて、アジアで成長著しい中進国のうち、国によっては日本の外食産業が苦戦しているケースもあり、何が課題なのか探る必要がある、といった指摘も出た。
この点に関して、アジアの現場で企業展開している味の素マレーシアの金子氏は「(イスラムというくくりで新たな市場が広がる中で、外食及び食品業界はアジアのマーケットを国単位でしか見て来なかったことに問題があったかもしれない。今後は、イスラム社会に広がる食品を考える、ということが必要で、現在、検討を重ねている」と答えた。

シンポジウムのあと、会場となったクアラルンプール市内のスイス・ガーデン・ホテル・クアラルンプール内で日本食材・食品のメニュー提案と同時に現地マレーシアのレストラン関係者向けに商談交流会及び試食検討会が行われた。
試食検討会では、マレーシアで現地の食文化や消費者ニーズに対応するアクアグリーンテックSDNはじめ、キューピー・マレーシア、ヤマサ・タイランド、伊藤園シンガポール、大栄フーズ、オザックス、ヤマモリトレーディング、相生産業(セトウチフード)、月桂冠、MOMOTAROFOODS SDN.PT.INDOFOOD SUKSES MAKMURの11社が出展し、参加者との交流を深めた。